日記453

・ついに円買い介入。為替のことはすぐによく分からなくなりますし、ヒストリカルな瞬間でもあるので、報道のされ方や識者の見方をできる限り残しておきましょう。このとき、誰がマトモなことを言っていたのか、後から振り返るよい材料にもなります。

・タイムラインを整理しておきますけど、昨日、2022年9月22日は日銀の政策決定会合2日目でした。12時過ぎ頃に政策内容が公表され、その時点では特にどうということはなかった

出所:みんかぶFX

・問題は15:30以降、総裁記者会見が始まってから。当面の緩和方針変更なしを強調するたびに為替は円安に振れ、上図の通り16時過ぎには145.78円を付けています。このチャート上でみるに、たぶん17時過ぎに介入が開始されました。総裁記者会見は16:30過ぎに終わったと記憶しています。結構質問が殺到した回でした。

日経新聞の清水編集委員だったと思いますが、「仮に円買い介入がある場合、円買いが資金吸収に繋がる一方で大規模緩和は資金供給なのだからいわゆる不胎化であり、両政策の効果を減じ合うのではないか」との趣旨の質問がありました。黒田総裁の答えは、不胎化という言葉は用いないながら、「YCCのもとでは、ある種自動的にそういったことが想定される」といったような回答だったと思います。

・私はずっと総裁記者会見を見ていたので気づかなかったんですが、この間既に、神田財務官の方から、「介入に関してスタンバイ状態にある」旨の発言があったようですね。それから17時過ぎに上記の通りの値動きになり、確か17:17頃にはブルームバーグヘッドラインで為替介入を行った旨の声明が出ました

・イニシャルリアクションとしての、識者の見方は以下の通り。あとでリンクが切れると嫌なので、批判のポイントは下記で抜き書いてみましょう。重複には目をつぶってください。それだけ介入を取り巻く因果関係は複雑ですので

政府・日銀が24年ぶり円買い介入:識者はこうみる | ロイター

①緩和策と円買いの非整合性(<アシメトリックアドバイザーズ アナリスト アミール・アンバーザデ>、<三菱UFJモルガンスタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト 植野大作氏>)

②効果が限られている(<農林中金総合研究所 理事研究員 南武志氏>、<りそなホールディングス エコノミスト 村上太志氏>、<三菱UFJモルガンスタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト 植野大作氏>)

③原資が限られている(<ニッセイ基礎研究所 シニアエコノミスト 上野 剛志氏>、<三菱UFJモルガンスタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト 植野大作氏>)

④主に米国との協調面にリスクがある(<大和証券 チーフエコノミスト 末広徹氏>、<岡三証券 投資情報部 シニアストラテジスト 武部 力也氏>)

・さて、一つずつ考えてみましょう。①については、アミール氏は非整合性を強調はしていますが、少なくともこの記事ではその影響については言及していないように見えます。緩和と介入、どちらも成功しないと言いながら、その根拠も判然としません。

・植野氏はどうでしょう。氏は、政策間の非整合を指摘したうえで、不胎化ゆえに「効きが甘い」と批判します。これは、理論的にはかなり正しい指摘だと思います。まず為替サイドから考えれば、為替レートが資金の流通量で決まると仮定すれば、氏の批判は的確です。

・問題は、この仮定が正しいのか、ということです。ご案内の通り、為替レートは資金量だけでは決まりません。昨日、日経の番組で門間一夫氏も指摘していましたが、為替レートは金利差のほか、心理的な影響も大きく受けます。みんながなんとなく145円以上は上がらないと思っていたら、145円以上は上がらないのが為替です。そもそも、資金の流通量とか、それに対する需給だけでレートが決まるなら、こんな急速な円安は起きていません

・植野氏の指摘を金利サイドからも考えてみるとどうでしょうか。金利には確かに上昇圧力かもしれません。しかし、円資金供給によって上昇レートがかかるのはおそらくコールとかレポのマーケットでしょう。日銀が今困っているのは、10Y債の金利がコントロール上限に来ていることではないでしょうか。オーバーナイトレートではないのです。もちろん、イールドカーブは繋がっていますから、カーブ全体を低位に抑え込むことは大事ですが、そもそも短いところと長いところがそんなに素直に連関するなら、YCCなんて政策は不要だったのではないでしょうか。

・②は、まず、植野氏のように、投入された/され得る実弾の量に言及しながら、値幅が限定的であることについて指摘することがよくあります。また、農中の南氏のように、単独介入の無力さについて指摘する声もあります。また、りそなの村上氏のように、結局は金利差が開いた世界ではアンカーされたように円安に戻るとの趣旨の批判もあるでしょう

・当日は私もTwitterなどで、「昔の介入はこんなにしょぼくなかった」みたいなトレーダーのコメントを見ました。しかしこれはある種、当たり前だと思います。上記のみんかぶのグラフの値がどの「為替レート」なのかはよく分かりませんが、一般的にレートと言うと、インターバンクのレートを指します。いわゆる卸値です。ところが、このインターバンクマーケットは年々縮小し続けているのです。この点は詳しくはBISのレポートでも読んでください。大事なことは、為替市場が日々fragmentedになっている中にあっても、常識的には、当局が介入できるのはおそらくインターバンクマーケットだということです。相対的に小さいマーケットにアクセスしてるのだから、レートの変化率だけを見れば、往時よりも小さくなって当たり前です。このポイントだけでもクリアだと認めるならば、わざわざアルゴリズムトレードの拡がりなどを追加で指摘する必要もありません。

・黒田総裁や神田財務官が会見等で繰り返し言ってきたことをよく思い出してください。問題は、動いた幅とかレートがいくらになったとか、水準感ではないのです。問題は「急激な変動」だと、繰り返し言ってきました。それさえ抑えられれば、少なくとも円安方向の動きは、物価上昇を志す日銀にとってはウエルカムなのでしょう。

・だから、③の介入原資も問題にならないのです。急激に円安に振れる要因は、どうせ投機的な動きです。投機家が、単発の投機に込められる原資には限界があります。とにかく機動的に、それさえ叩けばよいのです。そうやってのらりくらりとモグラたたきをやっているうちに、いみじくも皆さんが指摘するように、大幅利上げをやってきた米国を中心に、欧米諸国はインフレ退治に成功し始め、いずれ利上げ局面はやむでしょう。そうなれば、これもいみじくも皆さんが指摘するように、金利差の拡大による構造的な円安もやみ始めるのです。

・では仮に、かつてのBOEのように、あらゆるHFがこぞって円売りを仕掛け始めたらどうなるか?その時本邦当局には、グローバルな物価・金融システムの安定という大義名分ができ、大手を振って各国に協調介入を依頼することができるでしょう。皆さんが「単独介入は意味がなく、協調介入にこそ意味がある」と指摘するほど、この仮定の世界で当局が防衛に成功する蓋然性は高まります

・追記ですけど、旅行収支も忘れないでください。基調的な円高要因が、いまはまだ一つ欠けている状態です。ここに変化が出れば、円安要因は一つ剥落します。

・④は、もう結果が出ています。米財務省は、日本の行動を「理解」しました。為替操作国には認定されるでしょうが、もともと日本は操作国一歩手前の「監視国」リストに入れられていたこともあります。だいたい、為替操作国リスト入りは、米国が主に新興国向けに、制裁等の外交上の言い訳に使うツールでしかないので(あると私は理解していま)す

・ということで、最後段で植野氏が指摘するように、急激な為替変動を抑えるスムージングオペとしては、会見中の総裁の挑発的とも取れる発言も含め、今回の介入はかなりよく考えられたものであると感じています。というか、20年前ならいざ知らず、少なくとも為替市場の構造が変化した今、それ以上の役割を為替介入に求めるのは難しいと思います。いざ介入が始まり、「日銀/財務省ネームが見えたらみんな下がって道を開け」て、大きくレートが動く時代は終わったと思います。

・それはかつてのトレーダーたちにとっては、少し寂しいことかもしれません。私自身も、電話一本とトレーダーの「紳士協定」によって成り立っていた、かつての為替市場には、感じるはずのないノスタルジーと、大いなるリスペクトを抱いています。そのうえで、古き時代の良き伝統は残しつつ、新たな市場を日々形作っていくことに、少しの希望と責任を感じています。