日記377

トルストイの「光あるうち光の中を歩め」を読みました。岩波版を一年前くらいに買ったけど、新潮版を古本屋で見つけて、あまりにも読みやすさが違うのでこっちで読んでしまった

・要するにトルストイ晩年の、キリスト教に対する篤い信仰を対話形式で認めた本なんですけど、洋の東/西という二元論で生きてきた自分にとってはなかなか衝撃的な内容だったので一気に読んでしまった

・そもそもその二元論とは何ぞやということですけど、まず曖昧でコンセプチュアルなところから申し上げますと、仏教的/神秘的な価値観の東洋と、キリスト教的/科学的な価値観の西洋、という二項対立が、ぼくの考えの根底にあります

・前者と後者の分かりやすい違いは、主客の合一に関する点に求められます。前者の価値観のもとでは、主客というものが分けられないんです。

・どういうことかというと、後者の方から話したほうが分かりやすいですね。科学的な営みの大前提とは何でしょうか。「科学の大前提は再現性にある」という教科書的な説明はまあ置いておいて、ぼくは、「主客の分離」を科学の大前提だと考えています。観察するものとされるもの、この二者があって初めて、科学的な営みがスタートできるからです。そういう意味で言うと、観察という概念そのものが、主客の分離を前提としていますけどね

・動物園ブログで論じている、展示の仕方に関する考え方も、この考えに依拠しています。この辺の話は同ブログをご参照ください。と言われて読む人は皆無だろ

・東洋的な価値観においては、主客の境目というものは曖昧です。「わたし」という確固たる観念は希薄で、「世間」に代表される他者と混じり合っていることがほとんどです

・で、まあこの辺の考え方の細かい論点は今はいいとして、ぼくが近年、特に重視しているのは、こうした東洋的な価値観のもとでの禅の考えなんです。それは、オイゲン=へリゲルの「弓と禅」なんかに記されている通り、武道というものが禅の考えに依拠しているから、というのが大きな理由です。なぜ自分が、ほぼ片時も止むことなく武道に惹かれているのかと考えるにあたって、その根底にある価値観に惹かれているからだ、と考えるのは不思議なことではありません

・さて、ぼくが武道的なもの、禅的なものに惹かれる理由の一つは、それがパラドキシカルであるからだ、というのはいつかのブログでも書きました。

・端的な例を挙げると、剣を振りかざして襲ってくる相手から逃れる手段としてもっとも効率的なものは、自分が一歩前に進み出ることだ、というものが挙げられます。後ろに引けば相手は勢いのまま追ってくる、横に避ければ残った足が斬られる。一方で、前に踏み込んで相手の横にすり抜ければそこは最早相手の剣が通り過ぎた場所だから安全である、というわけです

・また、ぼくが非常に禅的だと考える武道の一つに合気道がありますが、合気道には和合の価値観が根底にあります。向かってくる相手と仲良くなってしまうことが一番の手だ、ということです。それでなくとも、合気道では、相手が行使する力をむしろ増大/加速させることに心血を注ぐ、というパラドキシカルな側面があります。

合気道の達人が、相手に自分の指や手を握られているところから、相手をいともたやすく組み伏せてしまうという場面を見たことがあるでしょう。あれは、何かを握る時に人の手のひらのうちに(無意識に)螺旋状の力が加わっていることを利用して、これを増大/加速させてバランスを崩しているんです

・少し話が逸れましたが、要はこういうパラドキシカルな考え方というのを、ぼくは今まで東洋特有のものと思っていたんですが、どうやらそうではなさそうだということに気が付いたのが、この本を読んで得られた収穫の一つです。

・よくよく考えてみれば、キリスト教の教義の有名な一節を思い出すだけでも、この点は明らかです。「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出しなさい」「汝の仇敵のために祈れ」。これらは、「本来憎んでしかるべき敵に対してこそ大きな愛を抱く」という、大いなる矛盾を孕んだ言説ですよね

・ただし、この点は、この本を読んで得られた収穫の一つにすぎませんし、中心的な気付きでもありません。

・この本で述べられている中心的な話題は、有り体に言えば「俗世の幸福に人間の真の充足は見いだせない」ということに尽きます。代わりに、キリスト教の原義に示されているような禁欲的な生活を実践することを通じて、精神的な充足を目指すべきだということを「光あるうちに…」というフレーズで表現しているわけです

・この辺が、なかなか自分としては実感を得難いところなんです。その端的な例が、政治の世界でありアカデミアの世界です

・自分のなじみの深い、後者から行きましょうか。凡そグローバルなアカデミアの世界というものは、世俗的なネームバリューのために利用されていると考えるのが現実的です。より名前の通った大学に在籍して、研究結果/良い成績という成果を通じて評価を集め、キャリアをステップアップさせてゆく、というための場としてしか認識していない人がほとんどでしょう。

・乱暴な表現を使えば、食いっぱぐれないためにはそれが妥当です。そうして、現代のアカデミアの原典である西欧社会は、根っからの競争文化、根っからの世俗主義に支配されている、と思い込んでいたわけです。

・もちろん自分にも、ヨーロッパ出身の知己はいますから(北米出身の友達はいないな…学生時代にニューヨークでホームステイしていた先も、アフリカ系移民のルーツの方だったし)、そこまで極端ではないにせよ、上のブレットで書いたような思想を持っていたことは事実です。そして、何がこうした西欧の価値観を規定しているか問われれば、それは宗教、すなわちキリスト教以外にあるまいと思い込んでいたわけです

・また時間切れだ

 

日記376

新国立美術館で、DOMANI展を見てきました。文化庁派遣の海外研修者達による作品展。階下の「佐藤可士和展」は、コロナ禍とは思えないものすごい混雑でした

・DOMANI展は、チケットやパンフレットにもなっていた大田黒衣美による作品が心に残りましたかね。猫の背中をキャンバスにボール紙や板ガムを配置していて、色んなテクスチャが混ざり合っているのが面白かったです

・ここ数日、かなり暖かいですね。いわゆる小春日和。春の訪れは、ぼくにとっては花粉の到来とほとんど同義です

・花粉を、許さない。

・久々に恋愛トークでもしましょうか。相変わらず何の進展もないですけど

・まあ、年齢的にも、恋愛トークと言ってもほとんど結婚トークに近いですけど。ここ数か月、「自分は幸せになりたいのであって結婚をしたいわけではない」という論法でやり過ごしてきました。

・付き合う、ということに関しても同じ論法で来ました。幸せになりたいのであって、誰かと付き合うことが必ずしも幸せを意味しない、というね

・この論法も、ここらでひっくり返したほうがいいんでしょうか。付き合ってみて初めて、幸せになれるかどうか分かる、的な

・いや、というのも、去年のブログを見返していると、ちょうど当時の彼女と別れたあたりから自分のライフ=アドミニストレーションも失速し始めたという実感があるんですよ

・これって巷でよくある、「好きだから付き合うのか、付き合ったら好きになるのか」みたいな話ですよね。おれはマックにいるJKなのか?

・例の本、といっても何が例の本なのかご案内でない方も多いかと思いますが、読書猿氏の「問題解決大全」ですね、あれのスキームを活用して、この辺の問題を少しでも解決に近づけようと努力したりしたこともありましたが、なぜかうまくいかなかった。

・もう一回やりますか。まずはスケーリングですね。今の状態を点数で表すと何点なのか、という。10点満点で言うと、恋愛に関する自分の現状は、4点くらいだと思います。

・このスキームを使うメリットは、なぜ0点でないのかという点と、どうしたら点数が上がると思うか、という観点から、少なくとも解決に向かって一歩を踏み出すことができる、ないしは問題の像を少なからずはっきりさせることができるというところです。なのでそこを考えていきましょう

・その前に、これはなんとなくの直観なんですが、とりあえず筋トレをした方がいい気がしてきた。ジムに行ってきます。

・行ってきました。まず、上記の論点はいったんぶん投げて、かつて社内恋愛をしていた時の話をさせてください。

・ぼくはかつて、2年半ほど、同じ会社の人とお付き合いをしていた時期があるんですが、まあ過去形になっているところからお分かりの通り、結果から言うとうまくいかなかった

・その原因は多分にぼくの言動に求められるんですが、なぜそうなってしまったかということが最近やっと分かり始めてきた、というお話です

・まず前提として、ぼく、会社の同僚のことをすごく大切に思ってるんです。下手すると一生付き合う仲になる人たちだし、そうでなくとも人間として魅力的な人が多いんです。

・で、そうした状況下で、ぼく自身としては、会社の人とお付き合いをしていることを、段階を踏んで徐々に周りの人、その大切な同僚たちにも打ち明けていきたかったんですが、当時の彼女はなぜかそうしようとしなかった。何度か理由を尋ねたりしましたが、そのたびに不機嫌に話を打ち切るので、ぼくもあまり深入りはしませんでした

・今になってやっとわかるんですが、ぼく、その状況がけっこうしんどかったんです。大切な人たちに嘘をつき続けているという感覚。

・嘘って、ほんとうに意味がないんです。アメリカの政治家、誰だか忘れましたけど、その人の至言に「多くの人をいつまでも騙し続けることはできない」というものがあります。

・調べたらリンカーンの言葉だった。原文は "You can fool some of the people all the time and all the people some of the time, but you can't fool all the people all the time"

・つまり、いつかは真実が嘘を駆逐する、という意味で、嘘って存在価値がないんです

・ということで、ぼくはいつでも誠実に生きていきたいというお気持ちを持ち合わせていることが多いんですが、2年半の長きにわたって、それができなかった。その結果、ぼくは次第に自分自身を大事にすることもできなくなって、よろしくない言動が目立つようになっていったんだと、今になって分かります

・で、今後も誠実に生きていくためにはどうしたらいいかというと、誠実な人とお付き合いするというのは前提として、やっぱりお互いのことを肯定できる関係でないとだめだと思うんです。肯定から信頼が生まれて、信頼から誠実さが生まれるので

・ということで話はめぐりめぐって、スケーリングの話。

・まあなんというか、お付き合いしたい人が周りにいないわけでもない、というと大変偉そうですけど、上記のような自分の価値観に照らしてみて、お付き合いしたらうまく関係が続くだろうなという人が周りに全くいないわけではない、というのが一つ目の根拠です。

・ただ、より点数が上がるためには、恋愛感情という要素が求められるんですよ。上記の話とも被るんですけど、互いに肯定し合うために、恋愛感情って結構大事なんです。恋愛感情って、要は意味もなくときめくってことですから、相手を肯定することにおいてこんなに便利なものはない。だって好きなんですもん

・で、そうすると、恋愛感情を持てる相手に出会う必要があるということですけど、ここで行き詰まるんですね。運に左右されちゃうんです

・ところが、それをひっくり返せる妙案が、あるんじゃないですか。

・一つは、恋愛感情とは何かということを突き詰めて考えて、自分がそうした感情を抱ける相手がいそうなコミュニティを探してそこに飛び込む。

・というのはですよ、仮に、恋愛感情を、「自分が持っていないもの、およそ持てないものに対する扇情」だとするじゃないですか。で、自分が持っていないあらゆるものをピックアップして、それを持ってる人がいそうなコミュニティに参加する。例えば、あくまで例ですけど、自分には芸術センスが皆無だと思ってるなら、美術サークルに参加する、みたいな、そういうイメージです。そうするとそこには、自分が持っていないものを持っている人が集まっている可能性が高く、したがって恋愛感情が生まれやすい

・いったん時間切れです

日記375

・昨日、上野の都美術館に行ってきました。吉田博の版画展。

・渓流なんかの水の表現が見事でした。それは特に、空間の把握と再現に優れているからだと思います。画面の奥から水が流れてきて、手前の段差で一気に水が流れ落ちるみたいな表現がよくあるんですけど、その勢いの付き方がとってもリアルなんですね。画面構成の観点からも、とってもテンポが良くて目が離せません。その辺は、空間上の構図を把握して再現する能力に優れていないと、なかなか表現できないものだと思います。

・んで、それはそれとして。本来の予定とは異なるんですけど、小説を書きたくなってきてしまった

・本格的に書き始めるのは4月以降でいいんですけど、アイデアをいくつか、ちょこちょこ練り始めたいなと思ってしまった。

・というのも、多分、本業のリサーチの方が若干行き詰っているからですね。どの部分で、どうして行き詰ってしまっているのかについて考える、それも含めてやっていくのか今年の「リサーチ」なので、行き詰まること自体は想定の範囲内というか、予定調和というか、予定通りというか、なんですけどね。実際行き詰まると、お気持ち的にはつらいよねというお話

・去年一年間、ブログを書き続けたのは、まあ自分の外に何かしらの「成果・実績」を残すという意味でも有用だったんですけど、何かを書くことで、自分でも気が付かなかったストレスを発散できていたのかもしれない。

・あとあれですね、万城目学の「鴨川ホルモー」を読んだら、青春小説の魅力にすっかりあてられてしまって、それで小説への情熱が再燃したというのもあります。

・んで、小説のアイデアを考える前に、ぼちぼちリサーチの反省をやっていきますか。何が今、問題なんでしょうか

・と、書いておいて何なんですけど、リサーチそのものという意味では、実はあまり問題はないんですよ。去年からこのブログで喚きたてている通り、「独学大全」のメソドロジーに沿う形で、着々と作業は進められている。この辺は、例年というか、これまでの自分の人生において、もっとも計画的に、芯を持って調査活動を進められていると言っても過言ではない。

・そうした中で何が不安かと言えば、アウトプットの形にイメージをつけられていないことですかね。つまり、自分がリサーチした内容を、例えば対外的に公表することをイメージしたときに、それが具体的にどんな形なのか、ないしは、どんな形になっているべきか、についての考えが足りていない。

・いや、本来的にはおかしな話なんですよ、これは。だって、例えば「独学大全」で述べられていることって、純粋な自分の知的好奇心を満たすため/それを体系立てた知識として自分の中にストックするための調査の仕方であって、対外的なアウトプットの仕方ではないんですから。

・ああ、「独学大全」では明示的に触れられてはいませんが、著者である読書猿氏のブログを読んでいくと、学術論文の書き方、まとめ方についての氏の知見にまつわる記事は散見されます。そういう意味では、対外公表物として、ひとまずは学術論文をイメージすればいいのかもしれないけど。

・ただ、悩ましいのは、ぼくはいわゆるアカデミアの人間ではないし、その一員となることを目指す人間でもありません。そういう人間が、アカデミックなペーパーを書くことを最終ゴールとすると、必ずコンフリクトが生まれるんです。何が言いたいかというと、ただのサラリーマンが学術論文を書いて何の意味があるんですか、ってことです。

・何というか、サラリーマンの中にも、さまざまなバックグラウンドのもとで、アカデミックスキルの突出している人間が少なからずいる、ということは知っています。そういう人は、ビジネスをこなしながら、ないしはビジネスのプロセスを上手に昇華する形で、優れたペーパーを書く能力を持っています。

・ところが一介のサラリーマンたる自分には、とてもそんな能力がないというところが悩ましいんですね。

・こういう時に、ぼくには一つの信条ともいうべきフレーズがあります。それは「不争」、何事にも逆らわず、誰とも争わず、それでいて自分の信念を通す、という信条です。

・この場合、「才能/能力のない自分」と争うことなく問題を解決していくことを目指します。だって、今の時点で何の才能/能力がないことは、しょうがないんですもん。ないものはない、あるものはある。ゆるぎないその現状と、争っちゃいけないんです。

・さて、手元の道具箱を開けましょう。こういう時に有用な方法がいくつかあることを知っています。まず使えそうなのは、ゴールを変える/再定義(リフレーミング)することです。

・今は、自分でも知らない間に、「対外公表物を(アカデミックペーパーのような形で)アウトプットする」ことをゴールとしてしまっています。それはいったい、本質的には何を指すのでしょうか

・言わずもがな、社会におけるビジネス上の実績作りですよ、これは。身も蓋もないですけど、ペーパーを書いて出すっていうのは実績としてすごくわかりやすいですからね。文章として残るものは、大げさに言えば一生残りますし、誰からも参照可能という意味で、自分のビジネスチャンスを拡げてくれるものです。

・ああ、だから小説も書きたいんでしょうね。自分にはこんな能力があるっていう披歴の場所として、アカデミックペーパーや小説を求めている。浅ましい限りですけど、事実だからしょうがないし、こういう浅ましい思考、「実績志向」とでも呼びましょうか、これを持っていたからこそ、ここまで社会人をやってこれたというお気持ちもある

・んで、この視点で、今抱えている問題をリフレーミングできないでしょうか。まず、実績の観点では、必ずしもペーパーを出すことにフォーカスを当てる必要がないんではないでしょうか。そもそも、ペーパーを書くことにフォーカスしすぎて、他の仕事がおろそかになっていないでしょうか。

・それだけはなくて、まずは実績としてのペーパーの落としどころを探るのではなく、今、何を知るべきか、というところにフォーカスして、少しずつ、必要な事実を積み重ねていく方が重要ではないでしょうか。

・もっと言うと、アウトプットの仕方を考えるのは「平のサラリーマン」たる自分の役割ではない、ということも意識すべきです。対外的な情報発信は、自分の責任の範疇外です。まずは「平のサラリーマン」として、どんな文脈でどんな事実を整理していくか、ということにのみ集中しましょう。

・小説は違いますけどね。表現の仕方も含めて、自己表現の営みですから、全てにおいて自分の責任、発表する小説が自分そのものです。

・リサーチに話を戻すと、対外公表に関する意識づけは上述の通りに改めるとして、どんな方向に調査を深化させていくかについては、ある程度は自分で、自分や自分の部署/会社の果たすべき社会的役割に鑑みながら、判断していくべきものでしょう。

・さて、ここまでの考えを整理しましょう。結局のところ、「何を明らかにすべきか」というべき論に基づくと、「何を明らかにしたいか」という欲求に基づく調査が、食い違ってしまうことを恐れていたわけですよね。

・この二者が、必ずしも矛盾しないということが分かればいいんです。つまり、自分が社会や会社組織の構成員である以上、自分が思う「これを知りたい」という気持ちの対象たる事実事項は、社会的役割のコンテクストから「これを明らかにすべきだ」という事実事項と同一のものである可能性が高いでしょう、ということです。

・自分の経験上、これはある程度、納得感のある主張です。

・ということで、「何を明らかにすべきか」というべき論だけにとらわれて委縮することなく、自分が何を知りたいか、という気持ちを大事にしながら事実を積み上げていきましょう。

・書くことで気持ちに整理がついた、よかったね。ブログの効能ですよ

日記374

・特にどこに行ったわけでもないけどブログを書きます

・もう、なんでもいいんですよ、書く理由も、書かない理由も…

・そうなってからが本当のブログだ、みたいなところもありますし

・リサーチが行き詰ってきたんですね

・まあ、行き詰るも何もなくって、何というか、最終的なアウトプットを思い描けていないだけなんですけどね

・もっとちゃんと言うと、知識を深めていくっていうことと、アウトプットの形をはじめに決めておくということは、本来的には矛盾するはずなんですよ

・つまり、「こんなことが言いたいからこういうアウトプットを出そう」と思っていても、知識を深めていくうちにその足場がガラガラと崩れ去るということはよくあるわけですね。

・にもかかわらず、例えば仕事として何かアウトプットを出すときに、いかに事実として正しくても自分の立場上こんなことは言えないとか、余計な制約がかかってくると、それだけで正しい事実認識ができなくなる、ということがよくあると思うんです

・こんなのもう、ただの愚痴じゃん

日記373

・そうなんですよ

・お気づきに、なられましたか

・今年以降は、日記を毎日更新するのはやめたんです

・いくつか理由はあるんです。まず、去年のブログを年末にまとめてみて、これはライフログとしての価値が高いなと思ったんです。どんな時に、どこに行き、何をして、何を感じたのかということの記録として、興味深かった。

・んで、ライフログであれば、日々の雑感ではなくて、お出かけか何かをした時に感じたことを書き付けておくのがいいだろうと思ったんです

・他には、去年の後半、記事の数合わせもあって、かなり乱文になってしまったという反省があるんです。何でもいいから書きなぐるのがいいという時期もあるでしょうが、そこは越えたのかなと。加えて、思ってもないことを書きそうで怖かった

・あと、リサーチがうまく回ってるということもあげられます。その記録をいちいちブログに書いてもいいんですけど、リサーチログは形式を決めて別で書いてるので

・ということで、他にも言い訳はありますが、今日は横浜美術館に行ったので、その旨書いておきます

横浜美術館と愛知美術館、富山市美術館の3つのコレクションが集まる、「トライアローグ」展。

・一番心に響いたのは、意外なことに、マックス=エルンスト「少女が見た湖の夢」でした。なんか最近、自分の趣味も変わってきたのかもしれない

日記371

・さっそく一日ズレている気がしますが、そんなことを気にしているようではこの先やっていけませんよ

・さて、今日のマーケットはジョージア州の米上院投票の開票結果が主な注目点。時間外取引で米金利がガッツリ上がりました。10年債は1%超え。

・ただしドル円はついていかず。まあ時間外だし、金利がかなり期待先行で上がったっていう判断でしょう

・結局ドルは、センチメントが悪くないもとで売り優勢。円も売られるんですが、ドル売りの方が勢いが強くてドル円は下落圧力かかってるっていうような感じでしょうかね

日記370

・年始の為替マーケット、謎過ぎる

・アジア時間中に誰が円買ってたんですかと聞かれると、緊急事態宣言を警戒した短期筋なんでしょうか。それだけでこんなに値幅が出るんでしょうか。本邦の投資家や実需は何をしていたんでしょうか

・ロンドン時間入り後もドル売り継続。これは…本邦の緊急事態宣言がグローバルに円高に効いてるわけがないし、リスクオンのドル売りなのか

・ところがどっこい、ジョージアの議会選挙でトリプルブルーの織り込みが進んでるなら、金利上昇を見込んでドルは買われても良いのではないのでしょうか。とかいってる間に米金利はむしろ落ちてるし、何なんでしょうか

・米株は既往最高だし。なに、もう

日記369

・三が日も終わりですね。三日坊主になっても構わないという強い気持ちでリサーチを進めています。リサーチと言っても、今は基礎知識の確認にとどまってるんですけど、それでもあまりにも自分が知らないことが多すぎてびっくりしますね。そもそも、例えば金融政策について、よくこんなあやふやな認識でこれまで金融機関に勤めていたなと驚きを禁じ得ない

・それでも丸4年近く勤めているわけで、逆に言うと自分の適応力はものすごいのかもしれない。繰り返しになりますが、これは自己肯定ブログです

・さて、当のリサーチについては、これまでの散発的な学びと違って、きちんと自分で長期的なテーマを設定したうえで、その日知るべき内容を適切に追いかけられているという実感がありまして、これはまさに「独学大全」の賜物です。もちろん、知識の面では、自分が大学以来学んできたこととの連関もあって学びがスムーズにいっている面もあるので、そこは自分が偉いねという話なんですけどね

・そのうえで、お勉強していると、必ずしもその日、学ぼうと思ってはいなかったことが副産物的に知れる、ということが起きるじゃないですか。じゃないですか、というか、起きるんですけど、これはこれで知識としてストックしておこうと思います。ということでOneNote上に「学習ノート」みたいなものを別途作っておきました

・このあと余裕があったら、今後のブログの運用方針について考えて書くかもしれない。今日はこの後、週日の総菜を作り置く予定なので書けるかわかんないですけど…という予断を許させて下さいね

・ちなみに、「問題解決大全」「アイデア大全」がkindle版で半額になっていたので、両方買ってしまった

・にっこり

日記368

・お正月、まったくおうちから出れませんので、リサーチをこそこそ進めてるんですけど、やっぱり楽しいというか、ひたすら自分と向き合う作業ですね

・学んでいると、色んな理由で躓きます。理解が追い付かない、集中力が続かない、対象に関する記述が膨大で心が折れる

・今年は、そんな学びに関する躓きを、全部書き留めていってやろうと思っています。なぜ自分がそこで躓いたのか、仮説を立て、それに対する方針を立て、実行して、検証する。そういうふうに、メタに学んでいかないとこの先ずっと成長できません

・新年二日目に「成長」という単語を用いてしまった。違う、そんなに意識の高いブログを書きたいわけじゃないんだ

・あと、関係ないですけど、勉強するときは、自分が今どこにいて何に取り組んでいるか、明確じゃない瞬間が多いからこそ、時間を計ってやるべきですね。

・さて、今年のブログの活用方法について書くと申し上げましたが、今日はちょっと別のことを考えます。平日の時間の使い方。

・まあ、社会人が勉強するってなったら、朝早く起きてカフェに行くみたいなのが相場かと思いますが、諸事情により、大抵の日はそれができないんですよね、というのが悩み。

・もっと言うと、例えば英語だったら、通勤する電車の中でリスニング、みたいなのがよくある勉強法だと思うんですけど、それもできない。ちなみにその理由は、通勤に使っている路線の騒音があまりにもひどいからです

・そんなことある?あるんですよ。もう、意見書を書きたいくらいですけど、少し調べたら、構造的に騒音が大きくなることが避けられないらしい。今は、コロナ対策もあって、窓も開け放しですし。

・んで。えー、一つ考えたのは、昼休みという手があるなということです。結局、平日やる勉強って、英語のTOEFL対策を想定してるんですけど、ここはひとまず(4月末まで)は、ディクテーションを通じたリスニング力の底上げを想定してるんです。

・そうなると、平日がっつりディクテーションをやるっていうのはなかなか難しいので、休日やったディクテーションを平日の隙間時間で聞きなおす、っていうことになるんですね。それくらいならば、昼休みにもできる

・ただ、ぼく自身は昼休みに職場近くの美術館に出かけるような人間ですので、そこまで毎日、昼休みを勉強に潰せるかというと、謎

・切羽詰まって来ればやるんでしょうけどね。

・ふむ。そうすると結局、帰宅してからやるっていうことになるんでしょうね。

・帰宅してからっていうと、そもそも帰宅が何時ですかということになるんですが、それはその時の繁忙度によってかなり振れる。ただし、一方で、帰宅してからある程度だらだら過ごしている日があることも、これまた事実なのです

・一つには、お風呂。本を読むときも多いんですけど、結局スマホを触っている時も多い。どうせスマホを見てるなら、リスニングの復習に15分くらい使っても罰は当たらないのではないでしょうか

・よし。細切れ作戦で行きましょう。どうせ、一回のディクテーション復習にかかる時間は6分程度です。これを、一日5セットやれば、一日30分やったのと同じですよね。これを、通勤の中でも音が聞こえる時間、昼休み、帰宅途中でも音が聞こえる時間、帰宅してから(お風呂、寝る前)、というふうに、分散してやることにします

・厳密にいうと、これ、もうちょい細分化して考えなきゃいけないんですが、まあ、とにかくこの方針で行きます

・よしよし

日記367

・明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

・年明けなので、改めて確認しておくと、本ブログを書き始めた一番のモチベーションは「自己肯定」です。自分は毎日ブログを書いていてえらい、たまに書けなくてもえらい、書いたら書いたで結構面白いことを書いててえらい、そういう気持ちで更新していきます

・ちなみに本年は365日ありますので、年の終わりには「日記731」が書かれていることと存じます。そこを目指して、また頑張っていくぞ

・さて、さっそく中身に入って恐縮ですけど、昨年末から本ブログ上でピーピー騒いでいる、自分のリサーチの進め方について整理しましたのでそれを書いておきます。ちなみに明日は、本年、このブログをどう活用していくかということについて書きます

・戯れに、昨年同時期の記事をご覧ください

 

dshio3721.hatenadiary.com

 ・去年のおれとは大違いだぜ、ということを誇示するためにも、以下で今年のリサーチの手法を整理します。参考文献は、言わずもがな「独学大全」(読書猿)。本当に、この本はぼくの人生の悩みの大半を占めていた、「いかにして学ぶか」という問いに正面から答えてくれる素晴らしい本です。

・ちなみに、現時点でのリサーチテーマも改めて書いておくと、A:「マクロ政策と為替」、B:「資本主義の射程と限界」、C:「動物倫理学」で、本年4月末まではAに取り組みます。ので、ひとまずAを想定して書きますが、大筋は他のテーマでも変わりません。では、以下、ブレットスタイルから外れますが、どうぞ

① 既知事項の整理:「カルテ・ク・セ・ジュ」

目的:自分が既に知っているキーワードを把握する

② 興味関心事項の横断的検索:「NDCトラバース」

目的:これまで意識してこなかったリサーチテーマを把握する

③ リサーチの入り口固め:「事典引き」

目的:最低限知っておくべき常識の確認

(具体的作業):コトバンク等、事典を引いた結果を、記述が少ない順に並び替えてまとめておく。

③´ 「専門事典」があるかどうかも確認しておく。

④ 書誌探し:書誌として使えそうな一般書/教科書を探す

目的:後続作業のために、押さえておくべき書籍/教科書を把握する

(具体的作業):経済学部時代の教科書の中で、該当する章に当たりをつけ、引用文献を確認しておく。これ以外にも、教科書として利用できそうな書籍があれば同様の作業を行う

⑤ 書誌の中で見つけた書籍を手元に揃える

もしもこの時点で興味関心がある程度 specify されていたら、同様のステップで論文を探して入手する。

⑥ 書籍の中身を横断的に俯瞰する:「目次マトリクス」

目的:集めた文献の内容について、重複や関連を見出すことにより、内容の重要度に傾聴をつけつつ興味関心を狭めていく

(具体的作業):各文献の章の目次の見出し(と、必要なら各章の内容の概略)を一覧表にまとめる。並行して、文献を横断するかたちで、類似内容やキーワードを線で繋げておく

⑦ 文献同士の関係を整理:「引用マトリクス」

目的:文献同士の繋がりを一覧しつつ、(最)重要文献を把握する

⑧ 先行研究のレビュー:「要素マトリクス」

目的:文献で用いられている研究手法や導かれる結論を横断的に把握することで、自分のアウトプットの方向性を見出す

 

・以上です。あとは、これをどんなスケジュール感でやっていくかですけど、⑤以降は物理的に時間がかかることも多い(書籍の入手等)ので、④まではさくっとやりましょう、ということですかね

・年初から飛ばし過ぎ疑惑もありますが、ふふ、勉強できるのが楽しみで仕方がない

日記366

・ということで、本年最後の記事。

・なんだかんだ、366記事を書くことに成功しました。本当によく頑張った。色々なことがあった一年だけど、具体的な振り返りはテキストファイルを打ち出したものを見つつ、感傷に浸りながらやります。

・何かを一年間続けるという経験が無かった僕ですけど、それをできたのは自信につながりました。まだ実感はないけど。意外と自分、やるじゃんというか、自分がゆっくりと変わっていく感覚を知ることができた。

・何も変わらないと思っている日々でも、前を向いている限り、少しずつ前進しているということです。来年も頑張るぞ。

・来年のブログの使い方は、今日一日かけてずっと考えていたんですけど、まあ、来年の最初の記事に記すことにします。

・日記のタイトルの付け方も、367からつけていこうかな。物事の蓄積が一目でわかるし。

・皆さん、一年間本当にお疲れさまでした。皆さんのおかげで、このブログを続けることができました。来年も、健康に、前向きに、頑張っていきましょう。

日記365

・ということで、ごちゃごちゃ考えた結果をいったんまとめますけど、計画(planning)と実態記録(logging)を別のものとして考えましょう、ということです。前者は紙媒体、ないしはGoogleカレンダーを用いて、後者は行動記録アプリを用います。ひとまず使うのはこれ

applion.jp

CSVで結果をインポートできるのが気に入りました。これで、実態を定量的に把握できます

・で、今のうちに、4月末までの週末の予定を全部立てちゃいましょうね、というお話

google カレンダーのインポート/エクスポート機能を用いて、CSVを編集する形でスケジュールを一括登録しておきます。詳しくは以下を参照。

support.google.com

よしよし。これで休日の予定はだいたい決まりましたね。4月末までと言いつつ、1年分を全部同じフォーマットにしたので、まあ、4月以降は適宜反省しながら使っていきます。

・あとは、昨日書いた通りの、2021年の反省会をいつにするか。じっくり考えなおすという意味では、GWの始まる5月1日と、お盆休みを取るであろう8月14日にしておきましょうか。例年通りの年の振り返りは12月25日しておきました。四半期ならぬ三半期なんだけど、そんな言葉はあるのだろうか。

・いよいよ次が最後の記事。

日記364

・ちなみに、手元の計算だと、来年は土日祝日が119日あるそうです。ひとまず4月末までは、39日。

・これフル活用できれば、うん。相当良いと思うんですよ。うまくは言えないけど、相当良い。つまり、簡単なレビューを一本書くには十分な時間です

・ただし、もちろんフル活用はできない。勉強以外のお付き合いとか、家事もあるしね。そこで、どんな時間の使い方ができるかシミュレーションしておきましょう。というか、標準的な土日の使い方を決めてしまえばいい。

・あのー、休日、特に標準的な土日は、週日のためのリフレッシュの時間であるという考えを否定するものではもちろんないんですけど、去年一年を過ごしてみて、だらっと過ごした土日の方が負担が大きいみたいな話もあるんですよ。それに、上に書いたように、家事もきっちりできたほうが、週日のパフォーマンスは絶対に良い。自分で作ったご飯があるというのはデカいです

・あと、別の論点ですけど、あれですね、一個前の記事の最後に書いた、恋愛事も円滑に進めていくためには、多少突発的に予定を入れられるバッファーと、それをリカバーできるプランを事前に用意しておく必要があるでしょう

・ということでひとまず、4月末までの時間の使い方。うまくいったら8月末までにも応用します。まず、起きている時間を14時間としましょう。39日分で、546時間ですね。

・このうち、週日の用意のために必須となるのは…家事は洗濯掃除と食べ物の作り置きですか。それから居合のお稽古。できれば土日、二日とも行きたいですけど、それよりかは平日に時間を作って行く方が上達が早い気がする。あとは、えーと。あれ、そんなもんか。

・うそうそ、美術館とか、お出かけの時間がありますね。筋トレもしておきたい。もちろん読書も。あとは突発的にみなとみらいや鎌倉に行きたくなるので、そういうプチ旅行も。あとカラオケ。

・美術館は、過去記事によると、平均して月に1回行っているらしいので、4月末までには4回行くことになりますね。ただし、体感としては、博物館も含めて訪問頻度をもっと上げて、月2回くらい行くのが健康的な気がする。どこに行こうかな。いずれにせよ、2時間くらいは美術館で過ごすことが多いです。

・筋トレは、1時間あれば十分です。お稽古は、2時間でしょう。

・家事は、掃除洗濯でこちらも1時間あればよい。ただし、料理については、週日分の作り置きをするとなると、買い物も含めて4時間くらいはかかります。

・いろいろと考えていたらごちゃごちゃしてきたぞ。まあしょうがない。

日記363

・ということで大晦日です。来年に向けて。やり残した思考事項を列挙していきます

・まず、このブログの活用方法。それから、来年のタスクと大まかなタイムスパン。そんなもんでしょうか

・後者から考えていきましょう。ひとまず列挙でいいです

・あ、その前に。タイムスパンを考えるときには、今年の反省を活かして、どこかでタスク進捗の見直しを行う機会を設けたいです。緩んだねじを締め直す的な。たぶん、一年に2回くらい設けたほうがいい。となると4月末と、8月末ということになりますか。

・んでは、タスクの列挙。まず英語。TOEFL100点が目標ですね。

・そんで、今年こそ留学選考に合格する。

・小説。また8月末に向けて書いていきます。今年は一次以降の選考も通過したい。

居合道。一年で初段が標準的らしいですが、まあ審査会なんかがどんなスケジュールかもわかりませんし、ひとまず基本的な居合の振る舞いを身に着けることにしたいです。

・動物倫理学。8月末までに基本的な論点の整理を終えて、年末までに論文を読めるようになっていたい

マクロ経済学。こないだのonenoteに書きましたけど、4月末までにアウトプットを出すつもりなので、年初からハイペースでお勉強する必要があります。最初は、A「マクロ経済政策と為替」の方から取り組んでいきますけど、1月中には事典引きと論点あぶり出しから始まって、2月には先行研究調査、3月頃には論文を読んで、4月のアウトプットに繋げていきたい

・8月末までに、B「資本主義の射程と限界」について、同じことをやりましょう

・そういう意味では、休日が何日あるか、さっさと計算したほうがいいな。平日は、一日のうち使える時間が平均的に30分あることは、今年初の計算で知っている。

・あと、美術館とか行くのもいいんですけど、そろそろ西洋/東洋美術について、その大まかな流れを大づかみしておく必要がある。この辺も、ぼちぼちリサーチしていきたい

・加えて、クラシック音楽もそうなんですよ。ブログでは初めて出すキーワードですけど、この辺のこと何も知らないので。似たような手続きでリサーチをしてみたい。ベートーヴェンの「第9」の歌詞の和訳を見て、興味が湧きました

・ああ、全然関係ない目標ですけど、結婚を前提にお付き合いできる人と出会うというのがありますね。外部要因が大きすぎるので何ともですけど、できることはあるはず。あるはずだ…?

・ふむ。こんなもんですか。すげー壮大だな、この一年。

・あとあれですね。もしかしたら、年の半ばに、また部署変えと引っ越しが発生する可能性がありますね。そうなるとまた、キャッチアップのためのお勉強に時間を割く必要がある