日記456

・ワールドカップを初めてちゃんと観ました。日本が負けてからは各試合のハイライトしか追っていないというなかなかのにわかっぷりですが、それでもサッカーの試合をある程度ちゃんとフォローしているのは初めてです

・まあさすがにヨーロッパに行くことが確定しているのにサッカーをまるで知らないというのもなかなかどうかなという気持ちがあって、勉強するつもりで観ています。例によって読書猿のブログを見ながら、サッカーの勉強のためにはどうすればいいかを予習(?)した結果、アオアシという漫画をまずを読むのがよさそうだという考えに至りました

・そんで読んでたら、まあこれ、めちゃくちゃ面白いですね。気が付いたら30巻、全て買っていました

・何が良いかと言うと、少年漫画的な面白さはもちろんなんですけど、今までさっぱり知らなかったクラブサッカーのシステムというものが分かったんですね。いままでは代表戦とクラブの試合の区別すらいまいち分かっていなかったんですが、その辺がかなりよく分かりました。特に日本のサッカー制度

・攻撃や守備のシステムについても少しずつ知識が増えています。YouTubeで色々と動画を見ているのも功を奏している

・とはいえ、なんでここにきてサッカーにハマれたかと言うと、今大会の日本代表選手がかなりスマートだからだと思います

・なんか最近の代表選手って、人として洗練された人が多くなってませんか?もともとぼくがあまり日本のサッカーが好きになれなかった理由の一つに、選手がダサいからというのがありました。往時のJリーガーというと、なんかみんな同じようにダサい茶髪のイメージがあって、それが嫌いだった

・あ、いやもちろん、茶髪そのものが嫌いというか、茶髪に染めるメンタリティそのもののダサさの話をしています

・でも例えば今大会の代表選手って、ヨーロッパで活躍している選手がひときわ多いからかどうかは知りませんが、ファッション的にも人間的にも洗練されている人が多い気がしませんか?

吉田麻也はエレガントになってきているし、鎌田はふてぶてしいし、三苫はひたむきだし、堂安はカッコつけてるけどイイ子感がぬぐえないし、久保は別世界の人だし、前田大然は年の割に老けてるし…

・かつてのJリーガーっぽい、イマイチ洗練されていないアホっぽさの一片を持っているのは、伊藤純也と浅野琢磨と長友でしょうか。それでも前者二人には令和の若者っぽいフレッシュさがあってそんなにダサくはないし、長友はキャリアを重ねて人間味が熟成してきて、みんな魅力的ですよね

・あとVARですね。ぼくがサッカーを好きになれなかった理由の二つ目に、サッカー選手がすぐにグラウンドに寝転がって痛がる演技をするから、というのがありました。それで意味の分からないファールとかがよく起きたと思うんですけど、VARとかその辺の技術が一段進歩したことで、そうした誤審が減ったんじゃないかと思います(実態としてどうかは知りません)。オフサイドも然り。ようは公明正大さが増したということですね

・あと、日本人は実はチームワークが苦手だということがだんだんと明らかになってきたというのも、観ていて面白いポイントです

・これは自分が仕事をしていて思うことですが、日本人はチームで働くことが極めて苦手だと思います。正確には、チームでゴールを達成する経験をしてきた人が少ないように思います

・まず、言語でコミュニケーションを図るのが苦手ですよね。自分が思ったことを適切に発信するトレーニングを積んでいないから、例えば上司と部下の阿吽の呼吸や、部署内の不文律で物事を済ませてしまう

・次に、「ビジョン」が苦手です。自分の仕事がどんなビジョン、戦略のもとにあるのかを理解しようとする人がそもそも少ないし、それを積極的に定義して共有する人もいない。ましてや、自分でビジョンを描いてそこにチームメイトを巻き込んでいく人などほとんどいないと思います

・だから瞬時の判断が苦手です。何がビジョンなのか、どこにゴールを設定するのかを理解しない、理解しようとしないから、そもそも何が判断のポイントなのか、いつ何を判断するのかを知らない人が多い

・ドイツやスペインのサッカーを観ていて、強固なビジョン、つまりゲームを通して自分たちが達成したいことがある、というのはありありと見えました。特にスペインは、守備陣がボールを回しながら日本の陣形の崩しどころを探り、後半の失点後にはサイドからの仕掛けを目標に戦術の切り替え/選手の交代を行ってきたことがとてもよく分かります

・相手のやりたいことが分かったからこそ日本も対策ができた…みたいな話がしたいわけではなく、少なくともスペインには自分たちの哲学があり、時にはそれを曲げてでも攻撃しようとして失敗したり、それがたまたま成功したり、みたいな秩序だったストーリーがあったということです。これがチームワークだと思います。個の能力と言うのは、チームの戦略を達成するための道具に過ぎない

・今回大会を見て、例えば三苫選手などを挙げて、「日本選手も個の能力で世界と渡り合えるようになった」だとか、「それはヨーロッパに出ていく選手が増えたからだ」みたいなことを論じるのはかなりマヌケだと思います。個人の身体能力だけで競技上の優劣が決まるのであれば、チームスポーツというものはこれほどの面白みを持たないでしょう

・それに、海外のクラブチームで磨かれるのは技術(それは生まれ持った身体能力ではなく、自分の身体を思うように操作する能力でしょう)と戦術への理解、あとは異国の地で様々なことを経験することにより試されるもろもろのメンタリティや対応力といったものであり、それらを括って「個の能力」というのであれば、これまでもそうした能力を磨いてきた選手は数多くいるはずであり、別に今始まった話ではありません

・何度も言いますが、日本人選手が単なる戦術ではなく、戦略というものを理解し始めたことが大きな意味を持っていると思います。

・戦術には局所的に評価できる優劣がありますが、戦略にはそうしたものはない。ヨーロッパのポゼッションサッカーと、南米その他のカウンターサッカーは、それぞれの理念に基づく戦略であり、優劣が付けられないのです

・それぞれがそれぞれの戦略を貫いて、時にはそれを曲げて、失敗したりたまたま成功したりしながら競技を続ける。思いがけないチャンスもあるし、それをみすみす逃すこともある。そうした中で、例えば今回の三苫選手の「一ミリの奇跡」みたいなものが生まれて、それがドラマになる。こうした大きな流れを日本人選手や日本人が朧げながら理解し始めたということに、意味があると思います