日記340

・どういうことか。織田作之助の「夫婦善哉」を例に考えましょう

夫婦善哉は、まあダメな夫(柳吉)を妻(蝶子)が甲斐甲斐しく支える的な話です。柳吉は、悪い人ではないし、蝶子に手を上げるわけでもないんですが、商売を始めてもどこか根気がなく、酒や博打で金をすったりしてしまう

・そんなこんなで蝶子は柳吉のダメなところを目の当たりにし続けるわけですけど、でも別れようとはしない。それはなんでかっつーと、二人の間には夫婦という枠組みも超えた人間同士の信頼関係があるからです。だからこそ、タイトルも夫婦善哉、すなわち夫婦は善きこと哉(かな)というわけです

家庭内暴力体罰の話に戻りますけど、昔はそういう、人間同士の信頼関係が現代よりも強固だったと思うんです。それはつまり、「この人が自分に酷いことをするはずがない」という信頼です。

・だから例えば、親に、夫に、教師に殴られても、「自分のことを思ってのことだ」とか、「二人のことを思ってのことだ」と思い込むことができ、従って「昔はそういうことをしても良かった」というフレーズが自然と生まれたのではないかと思うんです