日記47

・休みの日に雨降ってると、もう、だめですね

・昨日の話の続きになりますが、「82年~」は単純なジェンダーの話、女性蔑視の社会の話ではなく、もっと大きな問題を内包した話であります、という話であります

・あのー、人間はですね、基本的に弱い生き物です。誘惑とか、欲求とか、そういうものに対してすこぶる弱い。人間が、というか、生き物自体がそういう風にできている。生きるために、欲求に向かってひた走る本能を持っているわけです。

・そんで、人生にはいろんな欲求がありまして、その一つが権力欲であるわけです。人間は、とくにホモ・サピエンスの性質としてのオス、つまり男性は、社会的な意味で他人の上に立ちたいという欲求があるわけです。もちろん、女性にもあると思いますけど、濃淡でいえば男性の方がそうした傾向が濃い。まあでも、男女の違いはこの時点ではどうでもいいです

・気を抜くと、私たちの中の動物的な本能は、「他者の上に立ちなさい」と命令します。それが生き延びるため、ないしは種の繁栄のための有効な戦略だった時代があるからです。いつかは知らん。氷河期じゃないすか

・効率的に他者を支配するためには、他者をabuseする、換言すれば他者から資源をexploitすることが有効です。部分的にルー大柴みたいになってますが、そういうことです。

・それはどういうことか、その前にですね、ある程度成熟した社会というものは、各人が果たす役割によって成り立っている、ということを認めなくてはいけません。つまり、社会の中で役割(役職、階級、カースト、なんでもいいです)を決めて、それを各人に割り振り、その役割を果たすことを社会的に強いるんです。

・これによって、各人の人間性みたいなものはある程度制限される面が出てきますが、これは悪いことばっかりじゃなくて、効率的な社会組織運営に有効です。とくに、人間というのは、高度な社会組織を構築することで地球を征服するほど発展した生き物ですので、この有効性は熟知している。ぼくも別に、とんでもナイーブ野郎ではありませんので、この点については認めています。だからこそ、平日には何とか起きて会社に行き、会社員としての役割を果たしている。一応。

・ところがですね、こうした役割の押し付けが、ときに行き過ぎることがあります。裏を返すと、社会的役割によって制限された面の裏側、つまり、人間性の部分を、あまりにも軽んじてしまうことが出てくる。この一形態が、「82年~」でも扱われているように、女性に対して”女性性”という、社会的役割を過度に強いる態度です。

・中野の喫茶店でこれを書いているわけですが、この店はコーヒーもチーズケーキも美味しいのに、この二つが絶望的に合わない、というお茶目な側面を持っています。

・これによって、これというのは喫茶店のことじゃなくて二つ前のブレットの話ね、社会が女性に対して要請というか、依頼した、”女性性”という役割に対して、勘違いする奴が出てくるんです。つまり、女性をabuse/exploitする態度を、意識的に、もしくは無意識的に取る男が出てくる。「82年~」では、意識的にそうした態度を取るのは痴漢を含む犯罪者、無意識な奴は偽善者、ハイパー鈍感野郎、学校の教師です。”女性性”という役割の裏に抑圧された、一人の人間としての人間性に、まるで目が行っていない。相手が特定の社会的役割、この場合は”女性性”ですけど、を担っている限り、自分が何をしてもいい、つまり支配したのである、と勘違いしている状態です。

・こうした問題に対するぼくの態度をまずはっきりさせておくと、ぼくはいかなる手段、方法であれ、他者をabuse/exploitすることを嫌悪します。どんな状況であれ、他人の人間性を尊重できないことを避けます。勘違いしてほしくないですけど、これはフェミニズムでもないしアナーキーでもない。人間の根幹の問題です。

・そんでですね、ぼくはこの、「他者」の風呂敷がやや広いんです。つまり、ここで話がつながってきますけど、ぼくが考える「他者」の中には動物も入っている。

・こっちは動物園ブログじゃないので詳しくは書かないですけど、ぼくは動物に対しても、abuse/exploitをしたくないと思っています。でも、今のところベジタリアンでもないし、動物愛護論者になる未来は到底考えられない。一人の人間として、他人を尊重するように、動物を尊重したいんです。

・だからこそ、そうした問題について大いなる矛盾をはらんでいる、「動物園」という場所に興味があるんです、みたいな話は動物園ブログに書きましょうね

・人間社会に話を戻すと、昨今の日本社会でかまびすしいセクハラ/パワハラの問題も、「管理職研修で説明をしました」などというのは、全く何の解決にならないわけです。だって、他人のことをナメてる奴、部下や同僚の人間性をリスペクト出来ない人間が、他人を管理している時点で、お話にならないんです。こうしたハラスメントの根底にあるのは、他人を一人の人間として尊重できないメンタリティですよ。知らず知らず、他者をabuse/exploitしてきた人間が、何回か研修を受けたところで、それまで培ってきた人間性が変わるはずがないんです。

・最後にまとめるとですね、ダラダラと書いてきた「他者にフリーライドしない」という態度は、ぼくが生きる上での信条の一つであります、ということをとにかく言いたかった。どんだけ長いブログなんだ?あと、こんなことを書いてどうするんだ?何がしたいんだ、人はどこからきて、どこへ行くのか…

・ですので、今のぼくの生活には、こうした態度が随所に現れています。読書も、空手も、勉強もすべて、こうした態度をより強化するための手段です。それについて一つ一つ書くのは後日

・ちなみに、他人をリスペクトする態度は、ジャパニーズヒップホップを聴くことを通じて培われた側面もある

・花粉は、尊重していません。

・杉の木に帰ってくれ

・なるべく早く

・頼む